マーノート

マーは2010年2月生まれの女の子。小1で不登校、発達相談で広汎性発達障害(自閉スペクトラム)と見るべきだと指摘される。ここは「言われてみると自分も」感が満点の父=私のブログ。登場する「キューちゃん」は妻(マーの母)。

運動会のダンス2

 承前、帰宅すると状況が全く変わっている。

 やっぱり「知らない曲」だったことが不安材料だったらしい。そこでキューちゃんがyoutubeで一緒に見て歌詞をノートに書き出し、メロディーもだいたい覚えた。そしたら「ダンスは出てもいいかも、でもクラス対抗リレーは論外!」となったもよう。

 

 もともと、運動会それ自体がイヤというわけではなかったらしい。マー的にはダンスよりも、

 1.徒競走のスタートのピストル、大音響の放送

 2.徒競走のような勝ち負けをつける競技

が問題だったようだ。

 1については運動会の練習が始まったころから「新しいイヤーマフ買って」と言われていた。「出なくても行く」とも言っていた。

 そう、「そもそも学校がいや、運動会がいや」ではないのだ。出たいんだけど(まぁ気が進まないところもあるが、出なきゃと思っているところもあって、でも)問題がある。マーが口にする「いや」は「それを解決したい」という意味であることが多い(というかたいていそれ)。

 そういう「いや」は、いったん「そうかいそうかい」と聞き入れたうえで、「建設的な提案」をしてやらなければならない。

 学校に行かなかったころ、行きたくない気持ちだけ受け入れて、行きたい気持ちになるための提案をしていなかった。それが問題だったのだ。

 で、このごろ、その解決は圧倒的にキューちゃんと一緒にやっている。私はちょっと引いているくらいのほうがうまくゆく。

 

 もっとも、上の2は、運動会の本質にかかわることかもしれない。

 小学校時代の私はビリになった経験しかなく、運動会の日はそれだけで地獄だった。運動会の日に体調が悪いことにするために数日前から風邪をひいたふりをする、という演技すらした。

 私はいまでも真顔で「運動会廃止論」を唱えたりする。たとえば小学校低学年で学力テストの答案を廊下にぜんぶ貼り出したら、たいていの人が「酷ではないか」と感じるだろう。私はいつも「じゃあなんで運動会は平気なの?」と疑問なのである。これを同じことだと認識できない鈍感さが嫌いなのである。

 もちろん、マーにそんな話をして聞かせるわけではない。また、マーは去年、6人中4番だったから私よりよっぽど速い。でも、状況の意味を敏感に察するのが得意なマーは、「そこでなにがおこなわれているのか」の本質論を、私たちに教えてくれている気がする。

 

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