マーノート

マーは2010年2月生まれの女の子。小1で不登校、発達相談で広汎性発達障害(自閉スペクトラム)と見るべきだと指摘される。ここは「言われてみると自分も」感が満点の父=私のブログ。登場する「キューちゃん」は妻(マーの母)。

ウルトラマンて正しいの?

 ある店でアイスを一緒に食べていたら、ふとマーが尋ねてきた。

 「ねぇねぇ、ウルトラマンて、いいの?」

 

 マーはウルトラマンを動画で見たことはない。ただ、円谷英二の伝記漫画が私の書庫の中にあり(どういうわけか)、それを見つけて読んだときからハマったらしい。

 テレビで見たこともないのに「スペシウム光線」とか「バルタン星人」とか「ゼットン」とか「科学特捜隊」とかの言葉が入り、ウルトラセブンにも飛び火して、見たこともない「諸星ダン」の「諸星」を漢字で覚えた。私に「どんな話だったの」と質問をあびせて物語を引き出し、いくつかのエピソードの概要をそらんじた。さらにCDで(書庫にあったのだ)ウルトラ警備隊の行進曲がお気に入りになると、それに勝手な歌詞を与えて替え歌を作った。

 

 「うーん、いい質問するね。むつかしい問題だなぁ、これは」

 「どうしてなの? お父さんの考えは?」

 「そうだなぁ、いつもはいいんだろうけど、悪いこともあるな」

 「どうしてどうして?」

 「だって、かわいそうな怪獣もいるからね。やっつけていいのかな、って思ったことはあるよ」

 「マーね、あんまりよくないと思うんだ」

 「そうか、マーはそう思うんだね」

 

 癇癪がひどかったころ--それに対処する方法を身に着けるまでは語るも涙ではあるのだが、それは省略、ともあれ私たちにつかみかかってきたり、モノにあたったりしたことがあったのだ--それが落ち着いてから、「なぐってはいけない」と語って聞かせたことがある。反省するとマーは「ごめんなさい」と言って、そのたびにすこしずつ成長していった。

 癇癪には必ず理由があるので、その理由が私たちの態度にもある場合には、「お母さんもこうすればよかったね」「お父さんもこう言えばよかったね」と、「ふりかえる」ことを大切にしている。確かに、私たちが頭ごなしに否定したり、答えなかったり、ものをとりあげたりしたり、したことがあったのだ(そういうことがあるほど、マーの側にもこだわり、ぐずり、だだ、無理難題の要求、等々が増え、私たちからそういう態度をひっぱりだしてしまう、という悪循環だった)。

 もちろん、「教えてくれたからわかったよ!」「マーはふりかえる力があるなぁ!」をあとで必ず。「話し合って問題を解決できたね!」も忘れず。

 

 マーが「ウルトラマン」に疑問を持つのも、不思議はないわけだ。

 「アンパンマンってどうしてすぐなぐるの?」

 マーにとって、アンパンマンがいつも「アンパーンチ」で解決することは、いけないことなのである。

 バイキンマンがなぜ悪いのか、その状況がよく把握できていないのではないか、と言われるかもしれない。

 そうだろうか。

 むしろマーは、考え深いのではないか。

 バイキンマンは確かに悪いかもしれない。だが、だからといってバイキンマンを「殴ってよい」と、いったい誰が幼児に教えようか。さて、誰も推奨しない行動を常にとる主人公が出てくる番組がどうして「よい」だろう?

 バイキンマンはなるほど「くいしんぼ」「よくばり」かもしれないが、だとしたら、他の子が食べているお菓子を自分もほしいと思ったことがある自分も「悪者」なのだろうか?

 白黒がはっきりしていてグレーゾーンが理解できない傾向があると、よく指摘された。しかし、白か黒かでできているのは、マーの精神構造というより、幼児向けの勧善懲悪のアニメ(あるいは道徳物語の教材)のほうではないだろうか。

 パンチがテレビでは許されるけれども実際の生活で許されることはない、という矛盾を、とくに気にせず受け入れることができるのと、それが気になるのと、どちらがヘンだろうか。

 

 今日、あるお店の放送音がうるさく、マーは「むかむかした」「なぐりたくなる」と言った。

 私はお店の意見箱コーナーに連れて行って「ほうそうのおとをちいさくしてください」「うるさいのでびっくりします」等と書かせた。

 「アンパンマンはね、幼稚園で卒業。小学生は、言葉で話し合って問題を解決するんだよ。言葉で解決した人が勝ち。殴った人が負け」。

 そう説いていると、マーの質問の意味がぐさりとささってくる。次のように問われたら、どう答えようか。

 「じゃあ、なぜお父さんはウルトラマンが好きだったの? どうして?」

 

 ウルトラマンの世界には、ウルトラマンが必ずしも「正義の味方」ではない「反対物語」がいくつもある。上の私の答えは、「そういう時には確かにウルトラマンがよくないと思う」という意味だった。

 だが、マーの質問は、ウルトラマン「正義の味方」である場合のことを問うているだろう。

 八つ裂き光輪やアイスラッガーで怪獣をまっぷたつに切り裂くという残酷が、マーには、ありありと想像できている、としたら?

 「悪い怪獣だから、そうしてもよい、しかたないんだ」とは、私には答えられない。少なくとも、「悪いってどういうこと?」「悪い子はやっぱりたたいていいの?」「悪い子にはどんなことをしてもいいの?」「本当に悪いのはどっち?」といった質問に答えられない限りは。

 

 はぐらかしたり、いいかげんにすませたり、無視したりできない。こどもとは私たちに誠意ある回答を迫ってくる存在。とくにマーはそういう性質なんだと思う。発達「障害」と呼ばれる特性とも関連して。

 

*ちなみに「ウルトラ警備隊」の替え歌の歌詞は次のようなもの ^^)A

 うめぼし おかかに たらこに すじこ おいしいぞー うまいぞー

 きょうのおにぎり ごちそうだ

 うまいぞー おいしいぞー ・・・