マーノート

マーは2010年2月生まれの女の子。小1で不登校、発達相談で広汎性発達障害(自閉スペクトラム)と見るべきだと指摘される。ここは「言われてみると自分も」感が満点の父=私のブログ。登場する「キューちゃん」は妻(マーの母)。

発達相談の思い出

 思い出というにはまだ近すぎるのだが、litalicoで「子どもや自分が診断を受けたときどう思った?当時の気持ちや現在の変化を聞かせて」というアンケートがあって、次のように書いた。

 

 「広汎性発達障害自閉症スペクトラム)と見て対応すべきでしょう」。
 夫婦とも「やっぱり」。うすうすは感じていました。とくに、小一の秋に不登校になってからは、こだわり、ぐずり、かんしゃくなどなどがひどくなっていました。幼稚園でも登園しぶりがありましたが、家でそれほどこれが現れたのは初めてで、私たちにとってもとまどいのもとになっていました。それが、相談の予約とともに関係の本を読んだりすると、理解できるようになっていったと同時に、生育歴でも思い当たるフシがでてきていたのです。
 というわけで、「はっきり自覚できた」「対応法がわかった」ことが、なにより前進でした。指導や助言があったというより、私たちが本を読んで勉強したのですが、いま思うと、以前はどれほど私たち親がただ苛立ったり怒ったりしていただけだったか、それがマーにとってどれほどつらい経験だったか、と思うのです。

 相談後、マーはとても不安定な状態になりました。知らない場所で両親と引き離されたこと、できない問題が含まれているテストを受けたことが、よほどつらかったのでしょう。その後、数週間にわたって非常にキレやすい状態になりました。それがあまりに酷くて手が付けられないことがあり、児童相談所がかかわることになりました。
 でも、対処法を学んで根気強く対応していると、だんだん良くなりました。
 相談が二月末でしたが、新学期には「二年生だ!」と、勇んで登校しました。もっとも、母子登校ですし、かつてより集団には入りづらく、保健室・相談室を拠点としながらで、マー的にはつらいこともあるようですが、それでも休まず登校しています。
 いま、家庭内はいままでよりも笑顔でいっぱい。笑顔で送り出す→がんばってくる→ほめまくる、というプラスの循環ができつつあるように思います。
 不登校は、発達障害そのものよりも、それを理解していなかったことで親子関係がこじれてしまっていたのでしょうね。相談と理解がなによりだったと思っています。

 「発達障害」「自閉症」っていう名前はなんとかならんか、とは思いますけれど、それで学校が動いてくれたところがあるのも確かで、この点は複雑な気持ちです。

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