マーノート

マーは2010年2月生まれの女の子。小1で不登校、発達相談で広汎性発達障害(自閉スペクトラム)と見るべきだと指摘される。ここは「言われてみると自分も」感が満点の父=私のブログ。登場する「キューちゃん」は妻(マーの母)。

学校が楽しくなる本、ないかな

 朝。シラスとシシャモを食べながら。

マー「ねぇねぇ、学校が楽しくなる本、さがしてよ」

 

 暗い口調ではない。さっきまで笑い話をしていた、その笑顔がまだ残っている。

 とー「うん? 学校が楽しくなる方法が、知りたいんだね」

 マー「うん、そうなのよ~。勉強は好きなんだけど~」

 かー「あら、勉強が好きって、いちばんじゃないの」

 とー「そうだな、勉強がきらいって子も、いっぱいいるからな」

 マー「うーん、わたし、家ではあたまいいんだけど、学校に行って、みんながハイハイってなると、緊張しちゃうんだ」

 とー「そうか、緊張しない方法が知りたいのか」

 マー「いや、緊張はしちゃうんだよ。で、そうなると、みんなとちがうこと考えてい ても、他の子と同じことを言わなきゃいけないんじゃないかって思って、発表しようと思っても、手があげられないんだよ」

 かー「他の子とちがってたらいけないの?」

 マー「ちがっていいときと、ちがっていけないときがあるんだよ。で、わたしはへんなことばっかり言って、笑われてるんだよ」

 とー「人の答えを笑うなんて、それはいけない子だな」

 マー「笑うわけじゃないんだけど、笑ってる気がするよ。だってこっちをじろじろ見てる気がするんだ」

 かー「それはマーの答えに感心しているのかもよ~」

 マー「教室じゃなくて、一人で静かに勉強できるところ、ないかなぁ」

 

 どうやら「考える」ってことについて、考えているらしい。 

 国語などで「登場人物の気持ちについて考えましょう」というときは、正解がある。つまり、他の子と同じでなきゃいけない。どんなに先生が「想像でいいんだよ」と言っても「自由な想像」ではない。教材が誘導したい「気持ち」がある。

 ところが、話し合いになって、「考えがある人」と言われたら、その考えは、他の子とちがっていたっていい。

 

 私にも覚えがあるなぁ。

 正解がわかっている時に限って「これじゃいけないのかもしれない」と恐れて普通じゃない答えを言い、「自由な意見」を求められたら案外に常識的なことしか言えない。